春先からどんどん上がり続けた海水温はお盆あたりでピークを迎えます。
地域や水深にもよりますが、30度にせまるぐらいの温度でぬるま湯状態。魚にとって都合のいい温度なのか岸壁は小魚のパラダイスとなります。アミエビをちょろっと撒くだけでどこからともなく魚が湧き、あっというまにたいらげてしまうフィーバーっぷり。
そんな小魚パラダイスにおいて、8月から9月ぐらいの限られた時期にだけ見かける特異な光景があります。それはイワシがクルクルと水面を回りながら泳ぐ光景。暑さもなんのその、足しげく釣り場に通う皆さんはきっと見たことがあるはず。よくみれば1匹だけではなく周囲でも同じようにクルクル回っているイワシがいたはずです。
この現象は青魚やシーバスなどのフィッシュイーターに甘噛みされたか、釣り人が弱らせてからリリースしたせいだと私は思っていました。
しかしそこには意外な原因があったのです。
夏から秋に水面でクルクル回るイワシ
まずは映像でごらんください
いや、そもそもクルクル回ってるイワシなんて見たことないよ!なにそれ?という人もいると思うので、まずはこちらの映像をご覧ください。和歌山の釣具店、釣太郎さんが撮影された映像です。
時期的には8月の終わりぐらいに撮影された映像のようです。水面に横たわるようにして不自然な泳ぎ方をするカタクチイワシが映っていますね。
和歌山にほど近い大阪湾では、お盆ぐらいからこの光景を目にすることが多くなってきます。ほとんどの場合、一匹だけではなく複数のカタクチイワシがクルクルと回っている。自分の意志で泳ぐことができない状態になっていると思われ、クルクルと周り流れ潮に流されている状態。
なお、日本近海でみられる主なイワシ類は、カタクチイワシ、マイワシ、ウルメイワシの3種ですが、この記事では大まかに「イワシ」とだけ書きます。ただ私の経験の範疇においては、クルクル回るイワシはカタクチイワシしか確認したことがありません。
思いつく原因をいくつか
さきほどの動画を撮影された釣太郎さんは、地元にしっかり根付いた信用のおける釣具店で知識も豊富です。
それでも「なぜか弱ってるイワシ」というタイトルをつけています。どのような理由でイワシがこのような状態になっているか、釣り人の間でもあまり知られていないようです。
なぜこんな泳ぎ方をしてるんだろうか?思いつくものを挙げてみましょう。
最初に思いつくのは弱ったイワシを釣り人が捨てたという可能性。針がかかる位置が悪くてダメージを受けてたりバケツに生かしてたけどやっぱりリリースしたから。
次に思いつくのはシーバスや青物などのフィッシュイーターに襲われてダメージを受けたからじゃないか。
もうひとつ挙げるとすれば、この暑い時期だから水質悪化や酸欠でアップアップしてるんじゃないかという推測。お祭りの金魚すくいでとれた金魚を持ち帰ったはいいものの、ブクブクとかの設備がなく死なせてしまった経験ないですか?あれと同じかなと。
原因は季節要因や他の要素じゃないか?
でもそれにしては判を押したようにカタクチイワシの動きが同じなのが疑問として残ります。ダメージの度合いなんてその時々なのに同じような弱り具合。
思い返してみれば去年も同じ時期に同じ光景を見た気がする。同じ季節に見るってのも引っ掛かる。
人の手や魚が原因と考えるのは合点がいきません。他に原因があるのではないでしょうか。
原因はガラクトソマムという寄生虫だった
寄生虫が神経を圧迫することが原因
調べたところ、このカタクチイワシの異常行動は寄生虫が原因であるらしいということが分かりました。
その寄生虫の名は「ガラクトソマム」。
1ミリにも満たない小さな寄生虫。この寄生虫がカタクチイワシに寄生し、寄生した部位の神経を圧迫することであのクルクル泳ぐという奇妙な行動を引き起こすわけです。
その名の通りガラクトソマム症と呼ばれ、かつては狂奔病とか、きりきり舞病と呼ばれていたこともあるようです。
釣り人の間では「くるくるイワシ」と呼ばれることが多いですし、知ってる人ならそれでなんとなく通じるはずです。
クルクル回ることでウミネコに捕食されやすくなる
魚がクルクル回るという行動にもちゃんと意味があります。
このガラクトソマムが最後に寄生するのがウミネコ。寄生虫の生態において、この最後の寄生先を終宿主(しゅうしゅくしゅ)と呼ぶそうです。
ウミネコは鳥なので上空から海の様子をうかがって魚を見つけるわけですが、海面でクルクルと魚が回っていれば必然的に目立ちますよね。真っすぐ泳いでいるときは青い背中が保護色になるのですが、クルクル回るときは側面の銀色が見えるのでなおさら目立つ。
しかも弱ってるから簡単に捕食できる。
かくしてガラクトソマムは無事ウミネコに捕食され、最終目的地である終宿主の体内に寄生し繁殖するという流れが出来上がるわけです。
なにそれ恐っ!
クルクル回る行動は水温がキーになる
この行動が起こる適水温があって、それは24度から27度とのこと(ソース)。大阪湾だと7月から9月ってとこでしょうか。なるほど確かに暑い時期によく見るわけです。
個人的な経験からいうと、8月のお盆ぐらいから9月にかけてよく見かけます。水温がピークを迎えてから徐々にさがっていく時期ですね。
ガラクトソマムの生活環
当然ながら「俺がイワシを操ってウミネコに食べてもらうんだ!」なんて高度な意思をもって寄生虫が行動しているわけはなく、進化の過程や生存競争の末に出来上がった生活環なわけですが、感心するほど上手くできています。
さて、これまで書いてきたことを図にまとめると以下のようになります。
ウミネコの糞を介して運ばれた卵が最初の宿主の中で幼虫になるようですが、第一宿主がどんな生物なのかはあまり分かっていないようです。その未解明の宿主を第二宿主であるカタクチイワシが捕食することで寄生されクルクル回ると。
カタクチイワシが食べるエサといえばアミエビやオキアミなど小さな海洋生物だとは思います。終宿主が海鳥か海洋哺乳類かの違いだけで、アニサキスに近い生活環なのかもしれません。事実、イワシの中でもカタクチイワシのアニサキス保有率は高いとされ、食中毒の被害も比較的多くなっています。
中間宿主となる魚類はカタクチイワシだけではありません。食用魚として価値の高いブリ、トラフグ、イシダイなんかにも寄生してしまうらしく、養殖業を営んでいる方からすれば憎き敵でしょう。
いずれも生まれて間もない0年魚に寄生することがほとんどのようで、巨大なブリが集団でクルクル泳ぐような不気味な光景を見ることはなさそうです。
宿主であるカマキリを操って水辺に誘い込むハリガネムシ。カタツムリの触覚に寄生してイモムシに擬態し鳥に捕食してもらうロイコクロリディウム。気持ち悪いけど、寄生虫はの巧妙な生きざまには驚かされます。
くるくるイワシを釣りに応用する
くるくるイワシパターン
弱ったイワシというのは何もウミネコだけのターゲットではなく、魚のエサとしても有効なはずです。シーバスや青物などフィッシュイーター系の魚にすれば、容易に捕食できる格好の獲物でしょう。海中から見上げても普段と違う姿勢で泳いでいるので目立つはず。
水温24度から27度の間で発生するということは一ヶ月程度その期間があるわけで、それを狙って捕食する魚もいるに違いない。これって釣りに応用できるのでは?これに対応したルアーを作ればヒットするのでは?
なんてことを一人で妄想していたのですが、このパターンを利用した釣り方は確実にあるようです。さすが釣り人。知ってる人は知ってるし、やはりそれを利用した釣りを思いつく。
人間には寄生しないから大丈夫
なお、ガラクトソマムは人間に寄生することは無いようです。安心してください。
寄生虫を生きたまま食べてしまったとしても人間はクルクル回りませんし、ウミネコに食べられることもありません。おそらくなんの害もなく消化され、お腹が痛くなるということもないでしょう。
最後にこの記事を書くにあたって参考にさせていただいたサイトのリンクを掲載しておきます。東大関連のサイトと京都府のサイト。どちらも信用できるソースです。
これらの情報によると、以前は九州地方だけの風土病のような扱いだったようです。大阪湾でも普通に見られるというのは温暖化の影響かもしれません。
いずれにせよ、不気味な光景も理由が判明すれば違って見えるはずです。イワシは可哀そうですが、夏になったらガラクトソマムを思い出してみてください。